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M-1王者たくろうの赤木裕の高校時代と経歴を徹底解説

M-1王者たくろうの赤木裕の高校時代と経歴を徹底解説

The Japanese Buzz Cafe

M-1グランプリ2025で見事に優勝を果たしたお笑いコンビ、たくろう。そのボケを担当する赤木裕さんの唯一無二のキャラクターがどこで磨かれたのか、気になりますよね。ネットでもたくろうの赤木裕の高校や野球部時代、出身大学や結婚について調べている人がとても多いみたいです。

独特な世界観を持つ彼の原点を探っていくと、学生時代の驚くようなエピソードがたくさん見つかりました。この記事を読めば、赤木裕さんの高校時代からM-1制覇、さらにプライベートの話題までバッチリ分かりますよ。ぜひ最後まで楽しんでいってくださいね。

  • 赤木裕さんの出身高校や野球部時代の伝説的なエピソード
  • きむらバンドさんとのプロフィール比較とコンビ結成の裏側
  • 京都産業大学時代のリベンジとM-1での名作ネタの誕生秘話
  • 結婚相手である一般女性との馴れ初めや現在の活動状況

たくろうの赤木裕の高校時代と経歴

たくろうの赤木裕の高校時代と経歴

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ここでは、たくろうの赤木裕さんの基本プロフィールや、彼の笑いの原点とも言える高校時代について詳しく紹介していきますね。強豪校での驚きのエピソードが満載ですよ。

赤木裕ときむらバンドのプロフィール

まずは赤木裕さんと、相方のきむらバンドさんのプロフィールを比較してみましょう。二人の育った環境やキャラクターの違いが分かると、漫才がもっと面白くなりますよ。結成時はかなりの体格差があったみたいですね。

項目 赤木 裕(あかぎ ゆう) きむらバンド
生年月日 1991年10月24日(34歳) 1990年1月28日(36歳)
出身地 / 育ち 滋賀県大津市(小学校低学年まで野洲市) 愛媛県松山市(出生は北宇和郡鬼北町)
出身高校 光泉高等学校(現・光泉カトリック高等学校) 愛媛県立松山中央高等学校
出身大学 京都産業大学 経営学部(2014年3月卒業) 松山大学(中退)
身体サイズ 身長171 cm / 体重65 kg(結成時は48 kg) 身長170 cm / 体重60 kg
趣味・特技 野球、空手、パワプロ、ペン回し、板割り ボートレース、キムタク鑑賞、ギター、ベース
NSC期 NSC大阪校37期生 NSC大阪校36期生

赤木さんは小学校時代に転校を経験していて、大津市立打出中学校を卒業した後に県内の私立高校へ進学しました。子供の頃から習っていた空手は茶帯の腕前で、板割りもできるそうですよ。趣味の野球が、のちの高校生活を大きく揺るがすことになります。

出身の光泉カトリック高校の偏差値

出身の光泉カトリック高校の偏差値

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赤木さんが通っていたのは、滋賀県草津市にある私立の進学校「光泉カトリック高等学校」(当時は光泉高等学校)です。JR琵琶湖線の南草津駅から徒歩10分という通いやすい場所にあります。部活動がとても盛んな強豪校としても有名ですね。

学校には複数のコースが用意されていて、それぞれの目標に合わせて勉強や部活に打ち込める環境が整っているかなと思います。当時の偏差値の目安をまとめてみました。

コース名(旧区分) 併願偏差値 専願偏差値 特徴
Sコース(旧 Ⅲ類) 68 66 最難関国公立大学を目指す超進学特化
Aコース(旧 Ⅱ類) 62 60 関関同立などの難関私立大学を目指す
Lコース 58 56 文理融合の幅広い進路と探究学習
Pコース(旧 Ⅰ類) 52 50 大学進学とクラブ活動の両立を目指す
FRコース 46 44 基礎学力の定着とAO・推薦入試重視

※上記の数値は一般的な目安となります。受験を検討される場合は、必ず学校の公式サイトや最新の募集要項をご確認くださいね。

光泉高校を卒業した著名な有名人

光泉カトリック高校は、スポーツ界を中心にたくさんの有名な卒業生を輩出している実力校ですよ。特にラグビー部や陸上競技など、全国レベルで活躍するアスリートが多いのが特徴かも知れません。

  • 我孫子 智美(陸上競技選手・女子棒高跳び日本記録保持者経験者)
  • 横江 豊(プロバスケットボール選手)
  • 住吉 藍好(ラグビー選手)
  • 小牧 加矢太(JRA騎手)
  • 土永 雷 / 中 鹿駿 / 檀野 友多郎(ラグビー選手)
  • 赤木 裕(お笑い芸人・たくろう)

こうして並べてみると、名だたるアスリートたちの中にM-1王者の赤木さんが名前を連ねているのがなんだか面白いですよね。学校の多様な才能を育てる力が伝わってきます。

硬式野球部で起きたバット吹き飛び事件

赤木さんは公立高校の受験に失敗してしまい、失意の中で光泉高校へ入学したそうです。それでも大好きな野球を続けるために硬式野球部へ入部したのですが、ここが県内屈指の強豪だったんですね。中学時代は軟式野球の補欠だった赤木さんにとっては、周りとの実力差がかなりあったみたいです。

そんなある日の打撃練習中、とんでもない事件が起きます。バッティングマシンから放たれた強烈なボールが赤木さんのバットに当たった瞬間、その衝撃に耐えきれず、手からバットが空高く吹き飛んでいってしまったのです。想像するだけで恐ろしいシチュエーションですよね。

監督の提案と毎日続いたうやむやな返事

この前代未聞の事態を目撃した監督から、「もうマネージャーになったらどうや?」と声をかけられます。極度の緊張とパニックに陥った赤木さんは、全くそんなつもりがないのに思わず大声で「はい!」と返事をしてしまいました。

すぐにやばいと気づいた彼は、「失礼します!」と叫んでダッシュで練習の列に戻り、発言をなかったことにしようと試みたそうです。ここからが赤木さんの凄いところで、翌日からも普通に選手として練習に参加します。不審に思った監督から「マネージャーをやるんじゃなかったのか?」と聞かれても、「はい言いました!失礼します!!」と叫んで走って逃げるという、謎のうやむや戦略を毎日繰り返して選手登録を守り抜いたんですよ。

奇跡のベンチ入りとポカリ調合の特技

粘り強く選手として踏みとどまっていた赤木さんに、3年生の春、とんでもない転機が訪れます。なんと、レギュラーメンバーの多くが自主練習中にサッカーをして遊んでいたことが監督にバレて、激怒した監督によって全員メンバーから干されてしまったのです。

深刻な選手不足の中、バット拾いをしていた赤木さんに代打のチャンスが巡ってきます。「打てるわけがない」と諦め半分で振った打球がヒットになり、そこから練習試合で打ちまくった結果、なんと11打数5安打(打率.455)という驚異的な成績を残して、春の大会で悲願の公式戦ベンチ入りを果たしました。大会終了後には監督から諭されて正式にマネージャーへ転向しましたが、この経験が彼の人生の大きな糧になったのかなと思います。

【隠れた特技の誕生】
マネージャー時代に部員のために毎日ポカリスエットのタンクを作っていたため、現在でも粉タイプのポカリを目分量だけで最も美味しい黄金比率に調合できるという、風変わりな特技を持っているそうですよ。

たくろうの赤木裕が高校卒業後に歩んだ道

たくろうの赤木裕が高校卒業後に歩んだ道

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高校を卒業した赤木裕さんは、大学進学を機にさらなる進化を遂げます。コンビ結成からM-1優勝、さらに結婚に至るまでの怒涛のストーリーをまとめました。

京都産業大学でのリベンジとKSDネタ

高校での野球生活を終えた赤木さんは、京都産業大学経営学部経営学科へ進学しました。高校時代に途中でマネージャーに転向せざるを得なかった不完全燃焼感を晴らすため、大学では自ら初心者中心の草野球サークルを立ち上げたのです。

このサークルで赤木さんは「4番バッター兼キャプテン」として絶対的な権力を握り、さらに自分が任命した女性マネージャーと付き合うという、見事な大学デビューによるリベンジを果たしました。ここ、すごくエネルギーを感じるエピソードですよね。

また、M-1グランプリ2025の決勝では、この母校ネタを漫才にぶち込んで大爆笑をさらいました。きむらバンドさんからプロフィール紹介を振られた際、以下のようなボケを放ったのです。

「WHO世界保健機関!」
「PCR5年連続陽性!」
「KSD京都産業大学!」

本来の略称である「KSU」をあえて間違えた「KSD」というワードはSNSで大トレンドになりました。これに対して京都産業大学側は怒るどころか大喜び。2026年1月には赤木さんを式典に招き、「神山奨励賞」の表彰状と賞金10万円、そして胸元に「KSD」とデカデカと書かれた特注の公式パーカーをプレゼントしてネタを全面公認しました。大学側の器の大きさに拍手ですよね。

相方きむらバンドとの結成話と虫歯

大学卒業後、NSC大阪校に入学した赤木さん(37期生)。1期先輩であるきむらバンドさん(36期生)とは、お互いがピン芸人として行き詰まっていた2016年に出会いました。共通の知り合いから紹介されてファミリーレストランで初対面した際、ガリガリに痩せた赤木さんがフルーツグラノーラを水で流し込んでいる姿を見て、きむらバンドさんは「こんなに面白い奴がいるのか」と一目惚れしたそうです。

こうして2016年3月9日にコンビを結成したのですが、活動を続ける中で同期の芸人から「赤木の口からとんでもない異臭がする」と指摘されます。慌てて歯医者さんに行ったところ、なんと口の中に10本も虫歯が放置されていることが発覚しました。

赤木さんは「深刻な3本だけ治療して、あとは放置している」と語っていますが、驚くべきは相方のきむらバンドさんが重度の蓄膿症だったため、その強烈な口臭に全く気づいていなかったということ。お互いの身体的な特徴が奇跡的に噛み合った、運命のコンビだなと思います。

※なお、お口のトラブルに関する正確な診断や治療については、自己判断せず専門の歯科医院へご相談くださいね。

解散危機を乗り越えたM-1での劇的優勝

たくろうの経歴は順風満帆に見えますが、実は解散寸前の大きな危機を乗り越えているのです。結成直後から賞レースで結果を出していた二人ですが、それがネタ担当の赤木さんへのプレッシャーになっていきました。そして2021年のM-1グランプリ1回戦の本番中、プレッシャーに耐えきれなくなった赤木さんは頭が真っ白になり、ネタを完全に飛ばしてタイムオーバーによる強制終了を引き起こしてしまったのです。

さらにその後のインタビューで、パニックの裏返しからヘラヘラと笑ってしまった赤木さんの態度にきむらバンドさんが激怒し、その場で「解散」を告げられました。赤木さんは自分の弱さを自覚し、涙ながらに謝罪してなんとかコンビを存続させることができたのです。この挫折を経て、彼らは技術ではなく赤木さんの「人間味の歪み」をそのままぶつける泥臭い漫才を磨き上げました。

その努力が結実したのがM-1グランプリ2025です。決勝初進出ながらファーストステージで高得点を叩き出すと、最終決戦では周囲の「手堅い過去ネタで行け」というアドバイスをあえて無視し、きむらバンドさんの直感を信じて最も赤木さんの不気味さが活きる「ビバリーヒルズネタ」で勝負に出ました。これが大ハマりし、審査員9名中8名という圧倒的な支持を得て、第21代王者の栄冠を勝ち取ったのです。

ファンだった一般女性との結婚と馴れ初め

ファンだった一般女性との結婚と馴れ初め

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M-1王者として時代の寵児となった赤木さんですが、プライベートでも幸せを掴んでいました。2026年1月20日放送のテレビ番組『行列のできる法律相談所』の中で、実は2025年8月に一般女性と結婚していたことを電撃発表したのです。しかもお相手は、もともと赤木さんのファンだった方だそうですよ。

芸人さんがファンの方と結婚することについて、赤木さんは独自の難解な表現で「手を中に収めた」と表現してスタジオを沸かせていました。さらに馴れ初めについて話す際、劇場帰りの最寄り駅でバッタリ遭遇したエピソードを挙げ、「最寄り駅であれば周りに誰もいないから、やりたい放題できるじゃないですか」と言ってしまい、司会の濱家さんから猛烈なツッコミを受ける一幕もありました。

もちろんこれは「誰もいないから純粋に話しかけやすかった」という意味だったのですが、窮地に陥ると怪しいワードをチョイスしてしまう赤木さんの本質的なボケの魅力が爆発した瞬間でしたね。

たくろうの赤木裕の高校からの軌跡まとめ

たくろうの赤木裕の高校からの軌跡まとめ

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光泉高校の硬式野球部で起きたバット吹き飛び事件やうやむやなマネージャー回避、大学での華麗なリベンジ、そして解散の危機を乗り越えて掴み取ったM-1グランプリ2025の頂点。こうして振り返ってみると、たくろうの赤木裕の高校時代から現在に至るまでの歩みは、まさに失敗やアクシデントを独自の笑いに変えていく奇跡の連続だったなと感じます。

2026年4月からは活動拠点を東京へと完全に移し、さらに高校生漫才の頂点を決める「ハイスクールマンザイ2026」の応援アンバサダーへの就任も決定しました。赤木さんは会見で「自分たちの今の漫才の形は、高校時代にテンパりながらやっていたやり取りとほぼ一緒。今の高校生たちも脳みそから血が出るくらい考えて、人間性を漫才にぶつけてほしい」と熱いメッセージを送っています。

一見すると不器用で周囲とズレているように見える赤木さんが、自分のコンプレックスを唯一無二の芸術へと昇華させていったストーリーは、本当に素敵な人間賛歌ですよね。新天地の東京で、これから二人がどんな笑いを生み出してくれるのか、本当に楽しみで目が離せません。

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